はじめに
今回のテーマは、「今日は天気がいいですね」と赤ちゃんの「ま」です。
前半のフレーズと似た言葉として、「本日はお日柄もよく」がありますが、これら2つの言葉には、どんな意味があるのでしょうか。
以前、「本日ハ晴天ナリ」のお話もしましたが、そもそも、これらの言葉が相手に伝わるには、こちらと相手の間で、ある共通認識がなければなりません。
ですが、言葉のやり取りは、大方つつがなく行われているため、日常においては、なんら不都合が生じず、普段意識が向けられていない空白の領域の一つであると言えます。
そこで今回は、具体的なフレーズである「今日は天気がいいですね」という言葉から、そもそもなぜ人は言葉を理解し、相手が理解できる言葉を用いることができるのかについて、考察をしていこうと思います。
「今日は天気がいいですね」の意味。
言葉を具体的に観察する時に、よく、文節分けが行われます。
中学校の国語で文法の授業があったと思いますが、ほとんどの人は、あれがなぜ行われているのか、分からなかった人も多いと言えます。
理由は、「文法の授業をなぜ行うのか」という解説がなされないまま、授業が進行していくからです。
もちろん、理由は1つではないのですが、今思うと、「そもそも言語とは何か」を認識するための一つの方法として、日本語の文法を学んでいく、というのが理由の1つであると見ています。
さて、話は戻りますが、言葉を観察していく時には、文節に分けるというお話でした。
なので、さっそく分けてみることに致しましょう。
「今日は天気がいいですね」を分節ごとに分けると、
「今日は / 天気が / いいですね」
となります。
ここから、単語ごとに、更に分けていくと、こうなります。
「今日 / は / 天気 / が / いい / です / ね」
細かい文法用語とか、そういったものは、ここでは省略しますが、単語ごとに分けていくと、こんな感じになります。
さて、ここからが本題なのですが、「今日」とか「天気」とか「いい」とかであれば、物の名前や現象の名称なので、単語単体でも理解できると思います。
ですが、その間に含まれている「は」とか「が」などは、どうでしょうか。
「は」と単体で記されたとしても、何を指し示しているのか、理解することができるでしょうか。
「は」も「は?」なのか、「は!」なのか、「はっ!」なのか、「は〜っ」なのか、何通りもの文脈が考えられます。
また、言葉を覚えている最中の赤ちゃんが、「ま」と言っただけで、親御さんが理解できているのは、「ま」という言葉の以外の、文脈そのものを拾い集めているからこそ、できる技なのです。
では、これらを踏まえて、人がどのように言葉を理解し、理解されようとしているのかについて、考察を深めていきましょう。
単語では理解できない言葉、文章でも理解できない言葉。
先ほどの章では、言葉は単語単体では意味を成さないことがある、というお話をしてきました。
「は」の例でもある通り、「は」を単体で発しても、理解されることは難しいということでしたね。
ただ同時に、赤ちゃんの「ま」は、赤ちゃんの親御さんには伝わる場合があり、それは親御さんが、言葉の外にある文脈ごとすくい取っているからだ、ということについても触れてきました。
ここまで見てきたように、言葉は単語単体で成しているものではなく、全体で1つの要素を成していることがわかります。
つまり、単語の寄せ集まりが文章なのではなく、まず意味の分かる文章があって、そこを構成している単語があるということです。
これは、単語と文章に限った話ではなく、あらゆる事象における説明にも応用できます。
どういうことかというと、例えば、会社はどうでしょうか。
一見すると、会社は、社長をはじめとして、従業員の一人ひとりの寄せ集まりで成り立ち、その集合体が会社であるという認識が一般的ではないでしょうか。
確かに、会社という要素を形作るためには、社長という要素や、従業員という要素が必要です。
ですが、その社長という構成要素や、従業員という構成要素は、会社というおおもとの要素がなければ、そもそも存在することはできません。
ここから見ていくと分かる通り、社長や従業員が会社を作っているのではなく、まず会社という全体の要素があってはじめて、社長という要素や従業員という要素が成り立つのです。
ですが、おおもとの要素があって初めて、個々の要素が成立するならば、親御さんが理解できる、赤ちゃんの「ま」という言葉は、どのように説明できるのでしょうか。
最後にこの点について、見ていき、今回の記事を終えたいと思います。
赤ちゃんの「ま」という言葉。
ここまで、人が言葉を理解するには、単語単体の意味を理解しているのではなく、文章という全体の要素によって、その意味を理解しているというお話をしてきました。
そして、それは会社という要素にも同じことが言えて、社長や従業員がいるから、会社という組織が成り立っているのではなく、
まず会社という全体を構成する要素があってはじめて、社長や従業員という個々の要素が成り立つというお話をしてきました。
では、赤ちゃんの「ま」という言葉が、赤ちゃんの親御さんに伝わるのには、どのような説明をすることができるのでしょうか。
この答えは、これまでお伝えしてきた通りで、親御さんが、赤ちゃんの「ま」という言葉の周辺領域から、赤ちゃんの伝えたい言葉の奥にある意味合いを、丁寧に拾っているからです。
日常暮らしていて、通常の場合、相手は日本語が理解できるという前提のもとに、言葉を話しています。
ですが、赤ちゃんにはその前提がありません。
そのため、赤ちゃんに対しては、「日本語が通じない」という前提で接しているからこそ、このような親御さんの丁寧な読み取り作業ができると言えます。
ただ、これは、ここまで見てきたように、何も赤ちゃんに限った話ではありません。
本来であれば、日本語が伝わるはずの相手にこそ、こうした対応を用いていく必要があるのです。
言葉の逆説的な作用の1つでもあると思いますが、「わかっている」を前提にすると、「わからない」が途端に見えなくなり、
「わからない」ことを前提にしていくと、なぜか分からなかった意味まで分かるようになってくると要素を持っているように見えます。
だからこそ、赤ちゃんの「ま」という言葉が、赤ちゃんの親御さんに伝わると言えます。
おわりに
今回は、「今日は天気がいいですね」という言葉の考察をきっかけに、赤ちゃんの「ま」という言葉を通し、どのようにして、人は言葉を伝え、伝わるのかについて、考察をしてきました。
毎日使っている言葉は、ともすると、当たり前の存在ですが、赤ちゃんの「ま」という言葉から見ると、理解が進むのが不思議なところです。
赤ちゃんの「ま」という言葉を理解できる繊細さで、世界を見渡すと、世界はまた違った姿を見せてくれるかもしれません。