はじめに

今回は、「知覚できないものは、認識できるのか」というテーマで、お送りしていきます。

そもそも、知覚できるできないというのは、様々な観点から、考察を加えることができます。

理由は、「知覚する」ということの定義によって、それが可能であるのかどうかの考察内容が、変化してくるからです。

そもそも「知覚できる」って、何ですか?という方もいらっしゃるかと思います。

今回は、このあたりの説明から、考察を始めていきます。

「知覚できる」とは何か。

そもそも人間の「知覚できている」状態とは何なのでしょうか。

人間の視覚を通して、対象の物体を認知しているということが、一般的には、「知覚できている」状態であると言えます。

しかしながら、ある領域の人からすると、他の人には見えていないのに、その人にとっては「見えてしまっている」という場合もあります。

幽霊とか、心霊現象とか、占い(先々の見通し)などが、その一種ですね。

見えている人からすれば、見えてしまっているのだから、それ以上説明のしようがない、という話です。

なぜなら、他の人には見えていないものを、自分だけが見えている場合、その自分だけが見えているものを説明して、見えていない人に理解してもらうためには、いくつかの工程が必要だからです。

しかしながら、実際には、「見えている人」が見えているものを説明したとしても、見えていない人がその人から伝え聞いた「見えている人の見たもの」と、

見えている人が「見たもの」の間には、大きな乖離が生じてしまいます。

理由は、言葉を介することで、両者の間には、ズレが生じてくるからです。

この章では、実際の認識のズレが、言葉によって生じてしまってくるというお話をしましたが、両者の認識のズレが生じる原因としては、もう1つの側面からも考察を加えることができます。

つぎに、この点について、見ていきたいと思います。

人間の認知とは何か。

そもそもなのですが、人が何かを「見る(知覚する)」というのは、どういうことなのでしょうか。

人は、何かを認識する時に、その対象が実際に見えていなくても、その現象について理解をすることができます。

それは、一体なぜなのでしょうか。

理由は、人間には、「概念」を理解する機能が備わっているからです。

では、具体的な事象や対象物ではなく、「概念」を理解するためには、どのような条件が必要になってくるのでしょうか。

「概念」を理解できるということは、人間が知覚するための条件として、実際に目の前に、具体的なモノやコトが存在することは、必須ではないことを示しています。

人間は、目の前に、具体的なモノやコトが無くても、概念や事象を理解できていることが、何よりの証拠です。

もし、そうでなければ、見たこともない幽霊や心霊現象をはじめ、そうした存在や現象を、知覚することはできないからです。

もちろん、本人は見たことがない場合ですと、あくまでも、それは見たことのある人の、伝え聞いた話を通しての理解ということにはなります。

ただ、それでも、本人には見えないにしても、そうしたものが、その人には見えているということ自体は、理解できるわけです。

ただ、この場合、人間は目の前に存在していないものを、どのようにして理解し、知覚できるのでしょうか。

最後にこの点について、考察を加えていき、この記事を終えたいと思います。

人間が、何かを知覚するための条件として必要なもの。

さて、ここまで、人間がどのようにして、対象を理解し、知覚しているのかという点について、考察をしてきました。

これまでに、見ることのできる人と、見ることのできない人をつないでいるのは、言葉であるというお話をしました。

また、人間は、目の前に、実際のものがなかったとしても、その事象や概念について、理解することができるという点についても、触れてきました。

では、「知覚できないものは、認識できる」のでしょうか。

結論から示していくと、「知覚できないものであっても、認識できます」。

理由は、ここまでお伝えしてきた通りで、人間には概念を理解することができるからです。

では、なぜ人間は、目の前に具体的なモノやコトがなくても、抽象的に概念を把握し、理解することができるのでしょうか。

それは、人間には、「言語」があるからです。

そのため、「知覚できないものは、認識できる」かどうかが問題なのではなく、「(人間の理解できる)言語によって、その事象が表されているのかどうか」が問題となってきます。

言い換えれば、見えるか見えないかは問題ではなく、あくまでも、その事象や概念が、言葉として表現できるのか、あるいは、その事象や概念に対応する言葉があるかどうか、が問題なのです。

冒頭の幽霊や心霊現象の話でも触れましたが、これも、「幽霊」という言葉や「心霊現象」という言葉がなければ、そもそも、その現象について、人間は認識をすることができません。

なぜなら、人間は言語を通してでしか、世界を把握することはできないからです。

よく、具体的なモノやコト、概念が先にあって、初めて言葉があると思われがちなのですが、

実際には反対で、「まず先に言葉があって、そして初めて、その概念について把握できる」というのが、人間の知覚や認知過程なのです。

このことから、そうした幽霊のような物体や現象を、仮に見たとしても、「幽霊」という言葉や「心霊現象」という言葉を、そもそも知らなければ、それが何なのか表現することは難しいと言えます。

おわりに

今回は、「知覚できないものは、認識できるか」というテーマで、お届けしてきました。

幽霊や心霊現象という例えを用いつつ、人間の理解の仕方として、具体的な物体や事象が先にあるのではなく、

まずはじめに言葉があって、そして初めて、その物体や事象について理解ができるというお話をしました。

一般的には、物体や事象があってはじめて、言葉が存在していると思われがちですが、実際には、まず言葉があって、それから物体や事象を認識することができるのです。

「はじめに言葉ありき」の世界に、どれくらいの理解を持てるかどうかによって、「知覚できないものは、認識できるか」という命題の理解も、だいぶ変わってくると言えます。

それこそ、ここまで表現してきたような言葉によって、浮かび上がってきた世界であれば、人間はそれを、言語を通して、理解することができるからです。